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ダイエー災難でも健在のOMC

オーエムシーカードは、04年10月から経営再建中のダイエーグループの優良会社で、売り場での力-ド即時発行に力を入れています。

オーエムシーカード(OMC)は、総合スーパーのダイエーが75年に設立した朝日クレジットが始まりです。87年にダイエーファイナンスとなりました。その後、ダイエーオーエムシーカードと名乗っていましたが、02年にダイエーが経営不振に陥ったため、ダイエーの名を外して現在に至っています。

04年にダイエーグループが産業再生機構の支援を受け、経営再建の途上にある現在も、OMCにとってダイエーは切っても切れない関係にあります。グループ内では収益力も高く、再建のためには欠かせない切り札として、クループの優良会社に位置付けられています。

OMCの強みは、他の流通系クレジットカードと同様、店頭での募集力にありますが、独自開発しか自動審査システムを使ってカードの即時発行ができる点です。流通系カード各社は、親会社のスーパーの店頭でカード契約の勧誘に当たりますが、その多くは仮カードの発行で、本カードは2週間程度かかります。売り場ですぐにカードを使えるようにして、会員獲得につなげたのがこの自動審査システムといわれています。

とはいえ、ダイエーはリストラを進めて多くの店舗を廃止しました。98年2月末時点では、ダイエーは全国に378店舗ありましたが、05年月に260店、06年2月末には210店舗と激減します。

OMCは「脱ダイエー」に向けて戦略の変更を迫られました。そこで、同社はカード提携を強化し、会員および加盟店を増やしました。ダイエーの店舗だけに依存しない体質作りに励み、取扱高を拡大させ、ダイエーの売り場に依存しない営業体制作りに注力してきました。

近年、増加傾向にあるETCカードでは、即時発行体制を生かして、サービスエリアでの発行募集を実施し、車載器の購入や取り付けまでの「ワンストップサービス」を展開するなどして推進しています。また、自社で構築したカード発行業務システムを有効活用したアウトソーシングビジネスにも力を入れており、05年8月現在で受注先は105社に上っています。

こうした取り組みが徐々に浸透した結果、ダイエーとの取引依存度は、カード募集比率で04年上期の38%から05年上期で26%、ショッピンク取扱高では29%から24%、営業収益で2・7%から2・2%と低下傾向にあり、「脱ダイエー化」が着実に進んでいることを示しています。

数多くのGMSをバックに成長するイオンクレジット

総合スーパー「ジャスコ」を経営するイオングループのクレジットカード会社で、早くから海外進出し、アジア各地に現地法人を設立して高い収益を生んでいます。

イオンクレジットサービスは、GMS(ゼネラルマーチャンダイズストア=総合スーパー)の売上高では1・8兆円(05年2月末)でトップの「ジャスコ」を経営するイオングループの金融事業部門における中核的存在です。同社は81年に「日本クレジットサービス」の社名でカード事業に進出、94年に現社名になりました。会員数もセブンと並んで1000万枚の大台を超えており、まさに「勝ち組」企業といえるでしょう。

その秘訣はなんといっても、イオングループが持つ大規模小売り店舗の拡大にあります。イオンをはじめ、「マックスバリュ」、破たんしたマイカルを継承した「ビブレ」「サティ」などのスーパーの店内でカード勧誘を行えば、一挙に会員を獲得できる流通系クレジットカードならではの強みを生かしています。イオングループは、大規模な総合スーパーを次々にオープンさせるため「巨艦店舗主義」とも言われますが、小売りの現場で得た購買(POS)情報をカード会員データと融合させて豊富なデータ情報を蓄積し、カードの稼働率を上げるなど、IT化にも熱心です。

提携カードも50種類以上と多く、03年には業界では初めて、年間利用額100万円以上の顧客を対象に、年会費無料のゴールドカードを発行しています。

イオンクレジットは、海外にも数多くの拠点を持っているのがもうひとつの特徴です。日本で培ったクレジットカードのノウハウを生かし、アジアネットワークを拡大させています。90年に香港、92年にタイに現地法人を設立し、トップクラスのクレジットカードに成長しています。また、04年にはマレーシアでクレジットカードライセンスを取得し、今後も中国本土、ベトナム、フィリピンに拠点を設置するといわれています。海外営業収益は、03年度でみると連結営業収益の22・7%を占め、同社の成長をけん引する大きな原動力となっています。

イオンはメガバンクの系列から言えばセブンと同様、みずばFGと親密関係にあります。流通系クレジットカードは、今や銀行よりもエンドユーザーに近い金融会社で収益力も高いといえます。セブン、みずばFG、ユーシーカード(UC)の3社は04年に業務提携を結び、UCは06年から業務処理専門会社になり、次世代のクレジットカードシステム構築をセブンとともに取り組む予定ですが、これにイオンも加わる可能性があります。イオンの現行システムが更新時期にさしかかっているからです。システムの共同利用が進めば、3社はシステム資源を効率的に活用できるメリットが生まれ、負担軽減にもつながります。

UCを飲み込んで膨張するクレディセゾン

流通系クレジットカード最大手のクレディセゾンは。06年1月にユーシーカードの力-ド事業会社と合併して、首位の座を独走する勢いです。

クレディセゾンは、51年に設立された月賦百貨店「緑屋」が創業の原点です。76年に西武百貨店と資本提携した後に西武流通グループ(セゾングループ)の一員となり、80年に社名を西武クレジットに変更、89年に現社名となりました。

同社は、セゾングループ各社が持つ文化的風土が若い世代に受け入れられて会員を増やし、00年に西武百貨店が経営不振に陥った前後からは、他社とのカード提携を強化し、場合によっては出資を行って自立の道を歩むという経営戦略に転換してきました。この思い切った戦術が功を奏し、流通系では業界トップの地位を維持しているのです。

商品開発においても常に積極的で、カード業界初の「永久不滅ポイント」というポイントの無期限有効を開発したのも同社です。国際ブランドもVISA、マスター、JCBに加えてアメックスを推進している点でも、国内のクレジットカードでは特異な存在といえるでしょう。同社の提携先である高島屋クレジットや出光クレジットは、クレジットカードの取扱高では上位にランキングされる有力なカード会社に成長し、クレディセゾンの提携戦略の成功を物語っています。

クレディセゾンは近年、都市銀行に急接近しています。03年6月に経営破たんし、一時国有化された「りそなホールディングス(HD)」と04年2月に資本・業務提携を結びました。りそなHD傘下の3銀行の子会社だったあさひカード、大和銀カード、大阪カードサービスが合併してりそなカードを設立し、カード業務におけるすべての事務処理を担うというセブンの実質的な系列会社になりました。高島屋クレジットや出光クレジット、ローソンCSカードもセブンが業務処理を受託しており、同社のフィービジネスに大いに貢献しています。

また、同社は04年8月、みずばフィナンシャルグループとユーシーカードとの間で「クレジットカード事業における戦略的業務提携」の締結で合意しました。この提携により、みずほ銀行は05年4月、セブンと提携して都銀初のポイント還元サービス付きの「1枚化カード」である「みずほマイレージクラブカード《セブン》」を発行し、話題を呼びました。加えて、クレディセゾンは06年1月、簡易合併方式によって、会員事業会社になったUCカードと合併しました。同社は「流通系」と「銀行系」の両ブランドを擁する業界最大級のイシュア(カード発行・管理)事業会社となり、みずばFGのノンバンク戦略における中核的地位を得て、ますます存在感が高まっています。

「サブブランド」UC、DCのサバイバル戦略

地銀など地域金融機関とのフランチャイジーで業容を拡大してきた両社ですが、メガバンクの誕生、その後の再編・統合で、創業以来の変革期を迎えようとしています。

69年、第一勧業・富士・三井・大和の都銀4行(行名はいずれも当時。以下同)の出資により、ユニオンクレジット(現ユーシーカード=UC)が設立されました。富士・第一勧業の大手2行の影響力は大きく、2行の持つ地銀・第二地銀とのネットワークで会員、加盟店を伸ばし、銀行系ではJCB、住友クレジットに次ぐ第3位の地位を維持してきました。

しかし、不良債権処理に追われる富士・第一勧業の2行が00年にみずほフィナンシャルグループを形成して合併したため、UCは自立を迫られました。

それが現実になったのが04年8月、みずば銀行と流通系クレジットカード最大手・クレディセゾンとの3社間で交わした「クレジットカード事業における戦略的業務提携」です。05年2月、みずば銀行はUCに委託していた個人ローンの信用保証全額(約3000億円)をオリエントコーポレーションに移管しました。同年10月、クレディセゾンとの間で会社分割を行い、カード発行・会員管理事業をセブンに移管し、UCは加盟眉管理やカードの事務処理事業に専念する新会社として再発足しました。カード発行業務の停止によって、系列やブランドに気兼ねすることなく、クレジットカード各社を対象にトランザクション(業務処理)ビジネスを広げていくことができます。まさに、クレジットカード業界におけるIT企業といっても過言ではありません。

67年、三菱銀行が自前で設立したのがダイヤモンド・クレジョト(現ディーシーカード=DC)です。三菱銀行は友好地銀が多く、DCも地銀のフランチャイジー会社を傘下に収めて業容を拡大していきました。しかし、三菱東京フィナンシャルグループMTFG)が04年に消費者金融大手のアコムと資本・業務提携し、さらにMTFGが05年10月にUFJホールディングスと経営統合したため、DCの存在基盤が大きく揺らぎました。

05年1月、アコムがDCの20%の株式を取得し、DCはアコムの持分法適用会社となりました。また、アコムは東京三菱キャッシュワンヘの出資比率を約55%として、東京三菱キャッシュワンを子会社化しました。東京三菱キャッシュワンは「DCキャッシュワン」に社名変更し、DCは「脱三菱」を余儀なくされたのです。

DCも近い将来、カードの事務処理部門をアコムに委譲し、身軽な形で会員・加盟店事業に専念するといわれています。東京三菱銀行は、05年1月にクレジットカード機能がついたキャッシュカード(1枚化カード)を発行し、銀行本体でのクレジットカード取り扱いに乗り出しました。これによって、DCは本体銀行のクレジットカード業務を担う別働隊としての役割を終え、アコムとの関係を強化しながら生き残りを模索することになります。

NTTドコモの巨額出資に応じた三井住友力-ド将来

JCBと並ぶ我が国最大級の銀行系クレジットカードで、VISAジャパン協会を実質的に運営し、国内のVISA力-ド発行の元締め的存在です。

三井住友カードは、67年に住友銀行の関連会社「住友クレジットサービス」として設立され、日本国内における初のVISA系クレジットカード会社になりました。VISAとマスターカードは、老舗のダイナースやアメックスを目標に、60年代後半から世界各国で有力な加盟銀行と提携して発行枚数や加盟店数などを競い、世界の2大ブランドとして勢力拡大に突き進んでいきました。日本国内におけるVISAの拠点が旧住友クレジットで、同社は80年にビザ・ジャパン(83年にVISAジャパン協会に改組)を組織して、我が国のVISAカード発展の原動力となりました。

国内では旧住友クレジットがVISAを推進し、それ以外の銀行はマスター、JCBは独自路線を歩み、3大ブランドが鼎立する状態が続きました。しかし、ひとつの銀行、1枚のカードで複数のブランドを持つデュアル発行形式のカードが主流になりつつあったため、同社も89年にマスターとのデュアル発行に踏み切り、以後国内では「VISA・マスター対JCB」の競合の図式ができ上がりました。

三井住友カードは、本体銀行の旧住友銀行が友好地銀をあまり持たなかったため、フランチャイジーの相手としておもに信用金庫を選びました。

しかし、いまやクレジットカードの世界ではブランドがことごとく相乗り状態になっているので、ブランド間の競合は風化しています。このことが、まさにブランドに頼ってきた銀行系クレジットカードの「生みの苦しみ」となって、戦略転換を余儀なくさせているのです。

03年2月に三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)入りした同社は05年7月、携帯電話による新クレジット決済サービス立ち上げのため、NTTドコモと資本・業務提携を結びました。ドコモは三井住友カードの株式の34%を取得し、さらに1000億円近い資金を拠出しました。これまで三井住友銀行が100%出資していた三井住友カードが、300万の利用者を誇るドコモの力を借りて携帯電話事業に参入し、新規会員の開拓に賭けたのです。

3割以上の株式を親銀行以外の企業が保有すれば、SMFGだけの意向で三井住友カードの経営を取り仕切ることは難しくなります。裏を返せば、SMFGがこれまでのクレジットカード事業の抜本改革を望んでいるからとも受け取れます。SMFGには、04年に消費者金融大手のプロミスが傘下に入り、個人ローン事業で三井住友銀行との関係を強化しています。

SMFGの一員に変わりはありませんが、新たな収益機会を見出す時期に来ています。

世界ブランドJCBの目指す道

我が国唯一の国際ブランドで、会員数、加盟店、売上高とも国内の銀行系クレジットカードでは最大手です。これまで蓄積してきた資源を活用して、事業を多角化しています。

ジェーシーピー(JCB)は、61年に旧三和銀行を中心に複数の都市銀行の出資で設立されました。同社は、海外旅行がブームになり始めた80年代に海外進出を目指し、81年から世界各国に現地法人を作って海外拠点網を拡大し、85年には海外でのクレジットカード発行を開始しました。87年には、海外ネットワークが100カ所の国や地域にまで広がりました。

JCBの海外展開は、海外旅行ブームだけが原因ではありません。80年代前半、国際ブランドのVISAグループに住友クレジット(現三井住友カード)、マスターグループにユーシーカード、ディーシーカード、ミリオンカード(現UFJニコス)がそれぞれ属しており、国際化を展開していたからです。「海外でも使える」というキャッチフレーズがクレジットカード業界で流行しました。「日の丸プランド」のJCBは、VISA、マスター、アメックスの国際ブランドに対抗して独自の国際ブランド作りを目指すという、あえて困難な道を選んだのです

また、国内展開においては、地銀など地域金融機関がDCカードやUCカードなどのサブブランドとフランチャイジー(FC)契約を結んだのと同様に、JCBもFC展開を広げていたので、業容拡大のためには海外に活路を見出す時期でもありました。

しかし、海外展開でVISA、マスターの2強と渡り合うのは、さすがに厳しいものがあります。海外で使える加盟店も、VISAやマスターと比較すれば見劣りがするのはやむを得ません。海外展開の限界という問題に直面しました。

そこで事業戦略を転換し、これまで蓄積してきた業務ノウハウの有効活用を始めます。03年に「JCB経営ビジョン2010」を策定し、単なるクレジットカード会社から「決済総合ソリューション企業」へ変身を遂げようとしています。海外事業やクレジットカード業務は継続していますが、視線は個人から法人に向いています。

そのひとつが、クレジットカード業務のシステム共同利用です。現在も自前でクレジットカードシステムを持てないクレジットカード会社の業務代行をしていますが、こうした事業を経営戦略の支柱に据える考えです。JCBは、05年10月に誕生したUFJニコスが08年に予定しているシステム統合に参画し、同社が開発を進めている次世代システムが採用されました。JCBは、UFJニコスとのシステム共同開発で信販特有の業務システムノウハウを取得でき、将来のシステム共同利用事業では信販会社の業務代行を受託できることになります。決済ソリューション事業は、他のクレジットカード会社も狙っており、パイの奪い合いが生じるかもしれません。

本体発行とフランチャイジー問題

銀行系クレジットカードは今、都銀や地銀などのフランチャージー会社の本体力-ド発行など長年続いた外部依存型の経営戦略の見直しを求められています。

60年代に始まった我が国の本格的なクレジットカード業務は、先駆者である銀行系クレジットカードが今日まで業界をけん引してきました。親銀行である都銀などが持つ全国の店舗網を生かした会貝増強と加盟店獲得は、他を圧倒してきました。また、都銀各行には友好関係にある地銀、第二地銀、信用金庫が存在し、彼らが作ったクレジットカード子会社とフランチャイジー(FC)契約を結んで、各地域で会員を増やしてきました。銀行系クレジットカード各社は、こうした他業態との提携で流通系クレジットカードや信販などを寄せつけない磐石の勢力だったのです。

銀行系クレジットカード各社は、会員をより増やすための商品やサービスを企画することに専念すればよく、あとは親銀行や提携先金融機関が会員増強や加盟店獲得に奔走している現状を把握・管理すればよかったのです。

しかしこの間、他業態のクレジットカードヘの進出は目覚しく、VISA、マスターの2大国際ブランドが1枚のカードに採用される「デュアル発行」が当たり前になって双方の加盟店が使えるようになり、加盟店数の競争は意味を失いました。また、近年最も多い家電量販店などとの提携カードへの取り組みでは、信販に大きく水をあけられ、売り場を持つ強みがある流通系クレジットカードにも押され気味になり、発行枚数の多さだけが売り物といった状況が続いています。

銀行系クレジットカードの退潮ぶりを示すのが、銀行本体によるクレジットカード発行です。都銀ぽかりでなく、地銀各行もクレジットカードが持つ顧客情報に着目し、これを活用した銀行商品を開発しています。本体での発行は、FC契約で定められた手数料などを自行の収益源として取り込めるメリットがあるほか、関連会社の場合と異なり、銀行自らが積極的に加盟店・会員獲得営業活動を行うことができます。一部の地銀では、関連会社のカード発行事業を銀行本体に移行し、飛躍的にカード発行枚数を拡大しています。

子会社とのFC契約を解消し、本体銀行とのFC契約に切り替えている地域金融機関はますます増加していくことが予想されます。また、地銀には複数のサブブランド(DCやUCなど)とFC契約をしている子会社を統合している傾向もあるので、銀行系クレジットカードのFCの数が減少しています。

現在のクレジットカードは、国際ブランドとの提携だけで機能的には十分であり、銀行系クレジットカードと過度な関係を保つ必要はありません。地銀も従来に比べて都銀とのパイプを重要視する傾向は低下しています。「親掛かり」「FC頼み」経営からの脱却が求められています。

銀行系クレジットカード会社はなぜ株式上場していないのか

銀行系クレジットカード会社は、株式を公開していない非上場企業で、財務内容を公開していません。近年は、大株主である親銀行が距離を置き始めています。

銀行系クレジットカード会社が設かされて40年あまりが経過しました。出資しているそれぞれの都市銀行が全国の支店で新規口座とセット販売しているのが実態ですから、発行枚数は毎年100万の単位で増え続けています。資本金、売上高、従業員数とも大企業並みの規模を誇っています。

しかし、上場企業ではありません。出資している都銀から潤沢な資金が入ってくるので、市場から資金を調達する必要がないからです。当然ながら、上場していないため、財務内容が一般に公開されていません。会員数や取扱高、加盟店数を公表しているのは、ごく一部の会社であり、それも最近公表し始めたにすぎません。銀行系クレジットカードの財務状況はベールに包まれたままです。

また、大資本を保有する都市銀行がクレジットカード会社のひとつや二つを、なぜ共同で出資する必要があったのでしょうか。カード事情に詳しい関係者はこう証言します。

「60年代に設立する際、都銀各行はクレジット業務をカード発行形式にするのかクーポン方式にするのか、頭を悩ませていた。クレジットカードの将来性に確信が持てなかったので、各行がいわば試行的に資金を持ち寄って見切り発車した。収益が上がらなければ責任が分散できるよう、共同出資の形にした」

こうした方法は、バブル崩壊により公的資金を使って不良債権処理され、姿を消した住専(住宅金融専門会社)と同じ発想です。住専の場合も、大手銀行が住宅ローンの将来に対する資金需要の判断を下せなかったため、旧人蔵省が音頭を取って各行の持ち寄りで設立されました。つまり、大手銀行はクレジットカード会社も住専も、最初は儲かるとはあまり考えていなかったということです。

これまで丸ごと面倒を見てきた銀行系クレジットカード会社に対して、都銀は徐々に距離を置き始めています。メガバンクグループには、個人に対する与信能力に優れキャッシングに強い消費者金融会社も入ってきました。

都銀は銀行系クレジットカード会社に対して今、「自立」を求めています。主に銀行の支店が担ってきた加盟店開拓や会貝獲得を自社で継続していく体制を作り、自前で運転資金や設備投資の資金を調達していく時期にさしかかっています。自社でまかなえ切れなければ、他業態との資本提携もいっそう加速していくでしょう。株式公開の日もそう遠くないかもしれません。

最大の発行枚数を誇る銀行系クレジットカード

我が国のクレジットカードの草分けであり、国内発行枚数の4割以上を占める最大のクレジットカード勢力です。「銀行」の信用力が業容拡大の原動力になりました。

銀行系クレジットカードは、おもに都市銀行が共同または単独出資して子会社を設立して、カード発行を始めました。国内初のクレジットカード会社は60年の日本ダイナースクラブ(カード発行は63年)です。その後、61年に旧三和銀行系の日本クレジットビューロー(現ジェーシービー、67年に旧三菱銀行系のダイヤモンド・クレジット(現ディーシーカード)、旧住友銀行系の住友クレジットサービス(現三井住友カード)、68年に旧東海銀行系のミリオンカードサービス(現UFJニコス)、69年に旧第一勧銀および富士銀行などが出資したユニオンカード(現ユーシーカード)が相次いで設立されました。いずれも親銀行の子会社でしたが、これには歴史的経緯があります。

クレジットカード業務は、信用保証やファクタリング業務と同様、銀行法の他業禁止規定によって関連会社の付随業務として営むことと定められていました。しかし、82年の銀行法改正によって、銀行本体で行うことが認められました。改正では、82年以前に設立した関連会社でも本体業務に鞍替えすることができるようになりました。

しかし、銀行系クレジットカード会社はこの時点ですでにヒト、モノ、カネを投入して経営が軌道に乗り、ブランドを構築しシステムを運営してきたため、本体業務への取り込みをあきらめたのです。また、すでに発行しているクレジットカードは利用者が他の銀行口座を決済口座に使っていたこともあって、銀行本体で扱うことが困難だったのです。そうした経緯から、銀行系クレジットカードは都銀の子会社であり続けたのです。

銀行系クレジットカードが国内一の勢力に成長したのは、いち早く取り扱いを開始したことと同時に、銀行という信用力を看板に掲げて販売を拡大させたことが大きな理由に挙げられます。特に、都銀は全国に支店を持ち、営業展開している大手金融機関です。大企業取引にも強いので、職域での開拓によって一挙にカード会員を増やす力を持っています。

反面、法人・個人ともに、利用者に対してやや強引なセールスを行って発行枚数を競ったことも否定できません。住宅ローンなど融資を申し込む顧客に対しては、クレジットカードとの抱き合わせ契約をしていたこともあります。

クレジットカードは、それ自体には決済機能がないので、銀行口座は必要不可欠です。そのため、決済と直結していることを連想させる銀行系クレジットカードは、今後も圧倒的強さを維持していくと思われます。しかし、それに甘んじてサービス強化を忘れていると、都銀の子会社といえども存廃の危機にさらされるでしょう。

新規参入の増加で混迷深まるクレジットカード

「消費先取り、支払い後回し」のクレジットカードは年々発行枚数を増やし、不況に強いところを見せています。IT企業も参入していますが、使われてこそのカードです。

クレジットカードを業態別に見ると、銀行系、流通系、信販系で9割を占めており、なかでも銀行系クレジットカードが42%と群を抜いています。大手都市銀行が60年代から自社ブランドを作り、全支店で口座開設とのセット販売で会員を増やし、さらに地方銀行などとフランチャイジー契約を結んで会員獲得してきたからです。

流通系は「丸井」や「緑屋」(現在の西武百貨店・西友)などの月賦百貨店の時代から信用販売をしていた歴史があります。信販系は、信用販売の元祖ともいえる信販会社のクレジットカード部門ですが、個品割賦が主力商品だったために、クレジッ卜カードヘの進出はやや後発といえます。

しかし、この数字はそのまま鵜呑みにはできません。なぜなら、現在は提携カードが主流になっているので、いわばダブルカウントになっています。

提携カードが登場してくるにつれて、多くの顧客を抱えた企業が独自にカード発行を始めるようになりました。クレジットカードの業務処理が外部委託できるようになり、国際ブランドの相乗りが当たり前になって、加盟店開拓が不要になったことなどが理由として挙げられます。カードの発行と管理を外注できれば、提携する意味はなく、自社で会員を増やすほうが儲かるからです。

その代表がトヨタ、ソニー、JR東日本、JAL(日本航空)、高島屋などが発行するクレジットカードです。こうした企業は、業務処理さえクリアできれば、顧客情報はできるだけ自社で把握し、それをもとに様々なサービスを提供していけると判断しました。特に航空各社は「マイレージ」を考案し、ポイント還元ブームの先駆けとなって飛躍的に会員を増やし、他のカードとのポイント交換まで裾野を拡げた功績は大きいものがあります。

近年クローズアップされているのが、ヤフーや楽天などのクレジットカード進出です。インターネットと金融は「カネに色の違いはない」(銀行関係者)ことから、相性が良いとされており、ショッピンクモール最大手の楽天では決済の4割がクレジットカードだといわれています。

クレジットカードは会員数が増えたからといって、それが収益増になるわけではないのです。年会費無料のカードも多く、「年会費を収益の柱にしているようでは先は暗い」(信販関係者)と言わざるを得ません。常に消費者の購買動向やトレンドを先取りして、他社がすぐにマネできないサービスをいち早く提供し、力-ドの稼働率を上げることが求められます。

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